昭和41年01月20日 朝の御理解



 昨夜から、急に冷え込んで参りました。しみじみと寒さを、部屋ん中におりましても感じます。しみじみと寒さを感じる。そう云う様なしみじみと寒さを感じる様な風に、しみじみと信心を頂いておると言う事の有難さと言うものが、感じれる様なおかげを頂きたい。何時でもどんな場合でも、目をつむって金光様と、唱えさして頂いたら、本当にこういう中に、こうしておれれると言う事。信心のおかげだと、しみじみと信心の有難さを感じれれる、おかげ。
 昨日文男さんがお礼に出て参りました。話しを聞きますと本当におかげを受けておりますですね。十二所帯が焼け出されたと、昨日話しておりましたが、その楽室のと炬燵のある所から、そこの竹の壁の位しかあの隣りが焼けた所は、離れてないそうです。帰えりましたけれど、もう何もかにも片づいて、もう自分の所は荷物も出してなかった。留守なもんですから、家内や子供づれで早く休んでおったから、知らなかった。
 もう隣りが、バリバリ言う音に目が覚めた。もう寝巻でもう電話が通じませんもんですから、どっか町の方まで走って、もうどんなにして走って行ったやら、もうそのこう事務所がのお座敷の向うにあるんだそうですが、そこに入って行ってから、泥足で上がって行ってから、電話かけておった。後から笑ったそうですけども、その位にあると思いますですね。もう目の前が打ちあげとった。
 もう丁度、新築がもう後、畳やら建具やら、入るばっかりと言った様な、お家だったらしいですね。そこが焼けて、隣りがその十何所帯と言うて、あの大きなアパートだったそうです。そこが焼けております。そこが十何所帯焼け出されており、ほんでその、全部雨戸を閉めてしまってから休んでおったから、近所の人達もあすこにその荷物を出しに行くと、とに角自分のこつで一パイだもんですからね。
 ほんであすこへ皆んなが来て下さった時には、火の手がこう南の方へうつったと、だからこら牧野さん、あんた所は、もう出さんでよかよ、もうそれは隣り近所はもう一杯出してありました。手が揃うとったと言う事がですたいね、あすこは年寄り女子供だもんですから、その何も出来ない、そしてあなたもう第一、あの子供がおらんそうですもん。そいでああたもう子供探したち、したら一番下の豊文さんなあ、友達の家に逃げとった、一人で。それから直美がおらんから、したらどこかああた、もうこう布団やら何やら外に出してあるそうですたいね。
 してどこかのおばちゃんが、あんたこう布団の上に座ってこう、番しとってくれんの言われて、ちゃんと布団の上に座っておるげなもん。もうほんにそん時はもう本当に、まあ有難かったち言うてから、家内が帰って話しましたそうです、そんな風で当座の事で、その出し合わしてないと何にも出してない。ただそのもう隣りが今言うたごたる風に、客室からその壁超えの所ですね、そのどんどん燃えとりますもんですから、その板壁だけを全部もう、まあ皆んなが来てから押し倒して。
 まあ被害と言や、その板壁を押したおして、貰ろとったと言うだけだったと、ち言うてもう今あっちこっちから沢山頂きますし、それでももう本当にもう思えば思う程、それこそ信心頂いておると言う事がですね、もう本当に、しみじみ、有り難いじゃないかと言うて、家内と二人で話しました、と言うてから、昨夜申しております。お祭りの、さあ今から下に降りろと言う時に、文男先生ところの隣りが焼けとると言う、8時50分頃気が付いたらしいですね。
 それでその大橋に電話、ああいう時には、しかしもうほんにあの、さばけとるち。人と言うのは、有難いち言うてから、あの昨夜秋永先生の奥さんの文さんが風邪具合が悪くて、昨夜はお月次祭は、おととい参いってませんでしたですもんね。それで、文さんから電話聞いたですからね、自分の兄弟に、ずうっと電話掛けてから、誰れは、箱を持っていけ、誰れはどうせろともう指図してですね。
 それはもう本当に一糸乱れんその、あれで、勿論しきったけれども、行った時には、ああ、まあ大した事はなくて済んどったけれど、そういう点は、本当心強い限りだったちゅうてから、言っておりましたがね。どう云う様な時にでもですね、本当にそのいわゆる、信心を頂いておると言う事がね。しみじみと有難いと言うのが、ただそういう、燃えんでおかげ頂いたとか、焼けんでおかげを頂いたと、言う事だけではなくてです。
 その時に例えば、あの落ち着いてお祭りが平生の様にね、仕えられる様な、この気持ちを育てて頂いておると言う事が、有難かった。 親先生の声は、親先生は別になあんとも平生な顔をして御座る。こら大丈夫とこう思うた。どうでしょうか、あの時にそんなら、そんな訳けで御座いますから、先生ちょっとそんならあの、私しはお祭り仕えずにちょっと帰らして頂きます。
 女子供はほからかしておりますけ、と言やうんにゃ、それはおらんのとそれは恐らく、私しは言わんでしょう。けれども恐らくそれではね、いわゆる天地は自由になる様な事には、なっとらんと私は思うですね。これは、私くし共同じ火事の事で、私し長浜町に福岡におります時に、遭いました時は、そげんでした。女子供母が丁度その時来とりましたから、それを出し、あたくしだけ中に入って鍵かけた。さぁ近所の人は、もう出してやらんならんと言うて、ドンドン叩いてからやかましい事でしたけれども。
 あたしは中に入って御神前で御祈念さして頂いた。本当に私しの時などは、見とる人が火がですよ私しの家の、家にこうかかって来た火が、もう火が一本、一本立ちになったち、言うてから、言うとります。勿論私し共の方の一家は、どこもだから焼けなかったおかげを頂いて、だから本当に、あのそういう例えば天地が自由になると、例えば昨夜も話した事ですけれども、長男が目に竹の杭が刺さった時なんかでも。
 あれ私しが驚いておったら、決してあげなおかげにはなっとらんと、私しは思うです。あの辺がですねいかに、日頃信心の稽古をしとかなければ、いざと言う時に、信心が役に立たないかと言う事が分かります。そういう信心を頂いておって、私しは初めてしみじみと信心を頂いておると言う事が、有難い。こういう結果に、おかげを頂いたから、しみじみありがたい。
 それは、唯有難いだけです。しみじみとじゃないです。ああいう場合に、こういう時にですあわてんで済むと、こういう時に腹ら立てんで済む。こういう時に金光様唱えたら心が平常になると言う様なおかげを頂いたら、初めて信心を頂いておると言う事が、有難いなぁと、と言う事に、私しはなるんじゃないかと思うですんね。私し共、ここ十五年の自分と言うものを、こう眺めて見ます十五年前に写っておる写真が、もう今よりも老けた様に見えます。もう本当に押せば折れる様に、痩せ細っております。
 鶴の様にしておる。段々おかげを頂いて本当にお腹は前にこう突き出して、それこそまあ景気の良い風に、肥え太った、時代も御座いました。最近では又、段々おかげを頂いて動くのに非常に楽な位に。肉が言わば、贅肉が付いたとでも言いうでしょうか、けれどもあたくしは、何時の写真を見せて頂いても、私しが思うのですけれども。私しはどんなに痩せておっても、貧相ではなっかたなあと、自分で思うです。
 いや、むしろあの時のはですね、何か知らんけれど、こうなんか尊いものすら、あたしは自分で感じるです。と言うて、そんなら私しが、ぶくぶく肥えておる時にです。はぁ自分でその、自分その慢心と自惚れにならないと言う位いですから、けれどもそのいやらしい肥え方じゃなかったなあと自分で思うです。世間にはあるでしょうが、もう本当にこう肥えてです。肥えとるばってん、何かもう肥えらっしゃってから、いやらしい肥え方をさっしゃる人。
 痩せたら貧相になって行く人があるでしょうが。私しは何時も申しますですがね、お互い何時も一つ、あの自分の人相に気を付けなければいけませんよ。その鏡を見なければ、がんこな顔になって行きよらせんか、汚らしい下品な顔になって行きよらせんか。何時もかつも、本当に憂つな顔をしとらせんか。今日、私しが申します。心の中に何時でも、どんな場合でも、信心を頂いておると言う事が、本当にしみじみと有難いと言う様な、私しは、おかげを頂く時です。
 痩せておろうが、肥えておろうが、その中にです、まあ私しこれで、器量どんが良かならば、痩せた時には、それこそ鶴の様だったろう、鶴の様な気品があったろうと思う。それに気品はないけれど、なんとはなしにその貧相ではないなぁと自分で思います。もうその当時の事を知っておって下さった方が、まあ思うとんなされば、尚分かるんですけどね。ほんで私くしが、一、二年前か、あんなに肥えておりました時にでもです。何かいやらしい肥え方ではない様に思う。
 写真を見てから、それは私しの心ん中にですね、何時もまあ言うならしみじみと思えば思う程有難いと言う様な物が、心の中に育って行きよるから、だからではなかろうかとこう私くしは思うのです。昨日丁度十二時にやんがてお昼の時間でした。熊本から参って参りました、古賀先生のお母さんが従兄弟になるとでしょうね。村上さんと言うて、もう九州一番の大きな佃煮屋さん。
 まあ何千万と言う大きな工場をいくつも持って、そのサイダーとか、食料品を作っておられる。もう非常にガンコなその方らしい、もうそのその方の妹さんは、村上文子さんて言うて、あの何時も熱心に参って来る方。ほんでもう従兄弟達は皆んな、その金光様の先生なったり、その熱心に信心するのだけれども、その村上さんのところも、前信心しておったらしいです。
 やっぱり道に引かれて。所がその先生が気にいらんとか何とか言うて、金光様を止めて他の宗教に変わられた。そしてもう信心なんていかんと言うてから、止められて繁盛だけはしておられると言う人らしい。非常にガンコ者らしいその人が、自分の自家用車で、福岡に行く用事があると言うので、それに便乗して来た訳けなんですね。それでどうか私しは出て見らんから知らんけども、自動車はどっか向こん方、恵比寿さんのにきにおいて停めてあるそうですもん。
 お前どんだけ早よ参ってけ、俺はここで待っとくけんでち言うてから、その参ってそれから、えらいあの、きょそきょそするけん、何じゃろかと思いよったら、外にその人を待たせておるから。今日はあの福岡行きしますからご無礼しますと。もうあぁた十二時、もうあたしもお昼けんあぁたお茶なっとあげるけん、そう言うてみれ、折角そこまで送って頂いてから、もうお茶なっとあげるけんて言うたから、呼びに行ったんです。
 そして行ったばってん、来んこら二人見げに行った時、ようやくやって、おればこげんな所に連れて来てからと言うち顔で、それこそぶぅと腹けち楽室にはいってお茶を出すまでは、もうそれこそ腹けちから、お茶飲んだりお菓子食べたりしよんなさいました。だからいよいよ御飯になった時に、こんな事出来なさいますか。ち言うたら、あの従兄弟になる、たかしさんが、はぁ好いとります。
 私しが今、私しが今、お酒頂きませんもんね。であの、ブランデーはいいと言う事ですから、ブランデーだけは、それこそ特急酒のブランデーを私くしが、グラスについでやったです。そしたらですね、もうそうこう崩してから、にこっと笑われる。二杯になったら、もういよいよこの、こげな素晴らしい、飲んだ事がありませんち言うてから、話し出す様になった。それで私し相手しながら思うんですよね。好きな物を出されなければ、にこっと出来ないと言った様な事じゃいけんと言う事ですよ。
 もう本当に好きなのではない、本当にある場所には、苦いいやな事、腹の立つ様な問題を前に出されてもです。成程その時の表情の変わる位の事は、あるかも知れんけれども、金光様を唱えた心の底にです。にこっとする様なものがです、ある位のおかげを頂かなければ、私しは驚異をです、本当にこの寒さを、しみじみと感じる様に、実感的にしみじみと、今日寒いねと言いよるのにです、文男先生が家内と二人でその話しあい、そん時に話したと信心ちゃ、お前有難い事じゃないか。
 で、しみじみ、信心を頂いておられる有難さ、さぁ家は火事だと言うのにです。 さぁ慌わて回って帰らんで済む様な、おかげを頂いておれれると言う事が、有難いじゃないか。結果においては、こう云う様なおかげを、受けておるじゃないか。と言う様にです。その、そう言う私しは、信心を自分の身に付けて、行かなければならんと、お互い様々なところを通っております。
 それこそ、やせ細っとる時代もありましょう、中肉中背と言う様な時もありましょう。それこそおかげ頂いてお腹が前に出て来て、段々ふくよかな、言わば方に肥えて来る事が、ありましょうけれどもです。本当に肥えたら、肥えたでですほんなこて、福の神を見る様に。痩せたら、痩せたでそれこそ、まあ、鶴の様な気品が伴うて来る様な。痩せ片であり、肥え方の、おかげを頂きたい。中身のその為には本当にどんな場合でも、しみじみと有難いじゃないかとこう言えれる信心をです、身に付けていかねばならん。
 そらその信心がです、それこそ目の前が真黒になる様な事が起ってもです、それは慌てんで済む驚かんで済む様なものが。これに育つ。育ってこなければダメ。それでこそ、あたくしは、信心を頂いておる者の値打ちと言うものが。あると私しは思います。唯いざと言う時には椛目に走って行きゃよかてんで、いざと言う時にはおかげを、ただと言うそれだけではなくてです。
 常ね平常に自分の心の中に、平生心とでも言うかね、和賀心とでも言うか、どんな場合でも、しみじみと有難いと言うものの感じれれる信心をです、頂かしてもらい、現在自分が、どういう状態の所にあるか。大まあ肥えておるか、中、中ぐらいか、でなかったら痩せておるか、けどもそのどの中でもいいですから、それはそれなりに矢張り信心を頂いておる、おかげでこんなに痩せて細ってこそおるけれどそもその貧相ではないなと、自分で思われる位いなね、おかげを頂きたいと思いますね。      
   どうぞ。